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「心が騒ぎ、歌声が消え、魂が凍る時に……」
太古の昔、出会いの喜びや別離の悲しみ、勝利の雄叫び、そしてなによりも心からの祈りが歌になった時、魂は打ち震えて目覚め、人類はより人らしくなっていった。そして歴史は進み、子供たちの生き生きとした歌声が、彼らの魂を目覚めさせることを知った人間は、歌い奏でることの楽しさを教え、次の世代を大切に育むようになった。とするなら、日本の……いや世界中の……音楽教育を直撃しているコロナ禍は、人の身体はもとより、その魂の育成に対する最も腹立たしい攻撃ではなかろうか。今年、多くの子供達が、声を合わせることも、魂を揺さぶられることもなく、次のステップへと歩みを進めなければならない。卒業式から歌声が消えるのだ。感染を防ぐ為とはいえ、子供達にとってなんと寂しく味気ない春だろう。そして、歴史に残るこの災禍の時、少しでも子供達やその教育に携わる先生方により添おうとする今回の企画……《みんなで卒業式~輝ける君の未来へ贈る~》が提案されたことは、きわめて時節に適ったことだと思う。特に今回のプロジェクトが、娘の母校であると同時に、自分が講師をした東京音楽大学の先生方や学生諸氏によって実行されること、また、発信されたその成果をしっかりと受け止め、〈共振〉することが確かな東北地方に、私の本務校だった大学の卒業生が数多く音楽教師として赴任していることは、私事で恐縮ではあるが、人生の大半を教員として過ごした私にとって、何よりも嬉しいことである。災禍の中、音楽は、目に見える形や数字に表せる量で、社会に貢献することはまず無理であろう。出来ることは唯一、音に転化した愛を、魂から魂へと受け渡し、次々と〈共振〉させてゆくことではなかろうか。今回のプロジェクトに期待したい。

藤原義久/山形大学名誉教授

長年にわたり、教員をめざす学生たちへの「音楽科教育法」の授業を担当してきました。そして毎年必ず授業のはじめに、「学校で習った音楽で、今、心に残っている音楽は?」と尋ね続けてきました。学校での音楽が、今の自分自身にとってどれだけ大切なものになっているかに気付くことにより、先生になってから子どもたちに何を伝えたらいいかを考えるきっかけにしてほしかったからです。そして、いつも必ず、大勢の学生からあがったのが、小学校で中学校で卒業式に歌った歌でした。卒業に向けてみなで心を一つに合わせて練習した歌、卒業生を送るため、そして自分たちが引き継いで最上級学年になることへの気持ちの高鳴りを込めて歌った歌。その思い出とともに、学校で友達と一緒に歌った合唱ってなんて凄い力を持っているのだろう、学校での音楽ってこんなに大切だったんだと気付いていきました。東京音楽大学の社会人特別講義の講師として、松井孝夫先生をお迎えした時のことも忘れられません。「旅立ちの日に」の誕生にまつわるお話をしてくださったこともあるからでしょう。熱狂的な雰囲気のなかで松井先生の指揮で次々と歌い続け、講義が終わってもいつまでも松井先生を離さない学生たちの姿に心打たれました。コロナ禍のために、こんなにも大切な卒業式での合唱が消えてしまっていいのでしょうか。そのことを、とても悔しく思ってきました。そこに、旧知のそして現在は大学の同僚でもある坂元勇仁さんから素晴らしい企画のお知らせが届きました。東京音楽大学の若い力を結集しての《みんなで卒業式》。たまたまコロナ禍の時に卒業を迎える巡り合わせになってしまった全国の子どもたちに、そして卒業生を送る歌を歌えない全国の子どもたちに、なんと素晴らしい《卒業式》を!!と、感動しています。配信の向こうで、「卒業式の合唱」を心を込めて時には涙ぐみながら歌う子どもたちの声がきこえてきます。そして、いつの日か、小学校で中学校で歌ったもっとも思い出に残る歌として挙げてくれることになるでしょう。2021311日、私も心して《みんなで卒業式》に参列させていただきます。

 加藤富美子/東京音楽大学大学院客員教授

今年度の6年生にとって、この1年は「叶わない」ことの連続でした。最高学年としての第一歩、入学式への参加ができなかったことに始まり、楽しみにしていた行事もことごとく中止。一方で休校による授業の遅れを取り戻すため、土曜授業が増え、夏休みや冬休みが短くなり、思い描いていた小学校生活最後の1年を過ごすことができずにここまで来ました。「叶わない」ことの多さに心がすさみ、荒れた状態になってしまった学校もあると聞き、胸の痛む思いです。さらに、新たな緊急事態宣言を受け、音楽の授業では歌うことも、リコーダーや鍵盤ハーモニカを吹くこともできなくなりました。この状況になって初めて、「歌う」ことがどれほど大切なことか「歌える」のがどれほど幸せなことなのかを、子どもたちも教員も実感しています。そんな中、子どもたちに「卒業式の音楽」を届けようとしてくださる方々がいらっしゃることを心からありがたく、うれしく感じています。自分たちのことを気遣い、自分たちのために歌ってくださることを知ったら、子どもたちはどんなに勇気づけられることでしょう。人の心の温かさと想いのこもった演奏に触れ、音楽の、歌の持つ力を知り、これから先、自分にも何かできることがある、そう感じてくれると思います。また、東日本大震災から10年の今年、今一度被災地の方々に心を寄せる機会となることにも、大きな意味があります。忘れない、共に歩む気持ちをもって、新しい世界に進んでほしいと願っています。こんな状況の中でも、精一杯頑張ってきた子どもたちに、教職員に、届けていただく歌の贈り物、楽しみにしております。

石川るり子 /作曲家・元小学校教諭(東京都)

「おれたち、結局最後まで我慢ばかりの1年だったよな…」
今年度の小学6年生、中学3年生、高校3年生の子どもたちは、コロナ禍の中で制限された日々の中、最高学年として、様々な学校行事を推進してきました。彼らがそんな想いで卒業の日を終えることになってしまったらと思うと、胸が傷みます。私は、全国ネットワークで活動している音楽サークルに所属しています。今は各地でのセミナー開催が難しいので、主にZOOMを活用した講座等を行っています。先日、「卒業式当日の歌をどうするか」というテーマで、実践交流が行われました。ある中学校の先生が、自分の勤めている自治体では、「歌を歌ってはいけない」という指示が出たということで、このようにする予定だという事例を紹介してくださいました。

  • 密にならないように、クラス毎のパートをさらにいくつかのグループに分け、パソコンのレコーディングソフトを使って録音する。
  • 録音した音源を、教師がレコーディングソフトでミックスして、合唱の音源として仕上げる。
  • 卒業式の当日、卒業生が合唱をする場面で、その音源を会場に流し、子どもたちは心の中で歌う。
  • その実践を聞いた先生方からは、「それならできそうです!」「うちの学校でもやってみます!」という声が上がりました。…しかし、私は強い違和感を覚えました。

「心の中で歌う」って、何だ?!どうやればいいんだ?「先生、やって見せてください」って言われたら、自分にはできないぞ?それを生徒達に求めるのか?しかし、この1年、「あれもダメ、これもダメ」という条件の中、どうやって音楽指導をしたらいいのか、試行錯誤(悪戦苦闘)してきた先生たちの前で、さすがにそれは言えませんでした。きっと、録音した歌が流れたら、会場は感動に包まれることでしょう。歌を聴きながら様々な思い出がよみがえり、涙する子もいるでしょう。セレモニーとしては、価値のあることだと思います。でも、私が卒業生の一人だったとしたら、間違いなく、先生方に向かって言うでしょう。「先生、当日に歌えないんだったら、いっそ、卒業式のプログラムから、歌をなくしてくれよ!合唱が流れている間の数分間、黙って聴いているだけなんて、耐えられないよ!」と。私はきっと、会場に合唱が流れたら、マスクをしたまま、たった独りでも声を張り上げて歌うと思います。…みんながみんな、同じように感動するとは限りません。私のような、はねっかえりの子だって、少なからずいるはずです。もどかしい想いを抱えたままのところに、以前からお付き合いのある石川るり子先生を通して、旧知の坂元勇仁さんと東京音楽大学の皆さんがこのような企画を考えていることを知りました。私は、「これだ!」と感激しました。「私たちには、コロナ禍のせいで、思い出に残る曲がないんだよね…」ではなく、「私たちのときは、コロナ禍があったけど、全国のみんなとつながれた、特別な年だったよね!」と、子どもたちに思ってもらえるチャンスではないかと思えたのです。今や、大人の私たちよりも、小学生の方がYouTubeなどのメディアの活用法を知っています。この企画が広く知れ渡れば、「ぼくたちのための番組だ!」と、特別な想いで配信を待つ子どもたちが何千人、いや、何万人と増えることでしょう。配信をリアルタイムに観られなかった子たちも、アーカイブが残れば、いつでも観ることができます。私には、配信に合わせて、自分の部屋で、誰にも遠慮することなく歌っている子たちの姿が目に浮かびます。卒業式の会場で歌うことはできないとしても、全国にいる同じ年齢の仲間たちと、同じ曲を歌うことができる。そしてそれは、十年後でも、二十年後でも、大切な思い出として、また紐解くことができる…こんな素晴らしいことが他にあるでしょうか。私は、この新しい企画が実現することを強く願います。また、コロナ禍が収束する見通しがもてない今、このような企画が今年だけのものではなく、これからの新しい「卒業の歌」のモデルとして、継続・発展していくことに大きな期待をもっています。

河原木孝浩/北上市立公立小学校教諭(岩手県) 

このような中でも希望や勇気を頂ける企画を作ってくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。コロナ渦にあって、あらためて音楽の素晴らしさを、大切さをかみしめた私達、しかしそれに反比例して、世間は、政治は、教育では音楽は軽んじられているのだと痛感しております。勝手や無茶、単なる精神論で語ることや行動はできませんが、小さな希望を共有させて頂きたいと思っております。そして、コロナ渦で本当に大切なものに気付いたことを大切に、きっといつか思い切り歌える日を信じて、進んでいきたいです!

匿名/小学校教諭(東京都)

学校で友だちや先生と勉強すること、とことん意見を交わすこと、いっぱい遊ぶこと、そして、思いっきり歌うこと。今まで、当たり前だと思っていたことが実はかけがえのないことだったと気付かされた一年でした。「先生、歌いたい!」子どもたちが何度も私に言いました。でも、なかなか自由に歌えない演奏できないというのが現状です。音楽が、どれだけ子どもの心の支えになっているのかということを実感しました。そんな子どもたちのために歌を届けてくださるという素敵な企画、とても楽しみにしています!ありがとうございます!

塩澤詩乃/小学校教諭(長野県)

昨年3月。学校休校。突然奪われた日常。あの日のことは絶対に忘れられないです。そして、マスクをしていないことが違和感になってしまう日常の風景。不自由な経験をこれほど味わうとは…。昨年度の卒業式に出席できなかった今年の卒業生は、「旅立ちの日に」を知らない6年生になってしまったんです。在校生代表として卒業式に出席することの意味と重さを、思い知る出来事でした。そんな1年。制限がいっぱいの1年を、それでも少しの楽しみを大きな楽しみに捉えて、成長してきました。マスクをして表情がわからないけれど、精一杯歌おうとする姿を見ると、子どもはえらい!子どもはえらい!と涙が出そうになります。自分たちの卒業の歌を、「俺らの歌」と胸を張って練習しています。今の時点でも、泣きながら歌っている子もいます。それくらい、卒業の歌は特別なんです。今回の企画、素晴らしいと思います。大阪の子どもたちにとって、東日本大震災は少し遠い出来事なのかもしれません。(阪神・淡路大震災の方がやはり身近なので…)それでも、同じ日本の子どもたちですから、伝えられること、知ることは大切です。マスクをしないで思い切り歌いたい、笑いたい。当たり前の毎日が1日も早く戻りますように。

大野恵子/小学校教諭(大阪府)

全校児童が一堂に会して歌うということができなくなって、もう一年が経ちます。私は小学校で担任をしながら合唱指導をしている一教師です。月に一度の全校朝会で、体育館に集いみんなで歌う全校合唱の時間が大好きでした。下の学年の子どもたちは上の学年の子どもたちの歌声を聴き、憧れて真似をし、上の学年の子どもたちは先輩らしくいい声で歌おうと張り切っている、そんな姿がとても微笑ましく感じられるからです。しかし、ずいぶん長いことみんなで歌うことができていません。新型コロナウィルスが流行し、体育館に全校児童が集まって歌うことは密になるため、良くないことになってしまったからです。学校はたくさんの子どもたちが関わり合って学ぶための場です。関わり合うことで互いに影響し合い、様々なことを吸収していきます。そのために学校に来て学んでいるのに、関わりをできるだけ避けなければならないという矛盾の中で教育活動が行われています。我慢を強いられている子どもたちも、我慢を強いなければならない教職員も切ない気持ちで学校生活を送っています。そんな中での「子どもたちへ卒業式の音楽を!」プロジェクトの企画に一筋の光を感じます。コロナのために様々な制限を受け、我慢を続けて学校生活を終える子どもたちには被害者意識が植えつけられるかもしれません。でも、そんな自分たちの卒業式をよりよいものにしてあげたいと動いてくださる方がいるということはとても心強く、うれしいことです。知らない人から何かしてもらった子どもたちは、やがてきっと知らない誰かに対しても、何かしてあげられる大人に育つはずです。東日本大震災から10年、ここ岩手の今の復興があるのも全国の知らない人たちが岩手の知らない人に対して無償の愛を注いでくださったおかげです。ありがとうございます。人の悲しみを自分のものとして感じ、人の喜びを自分のことのように感じられるって素敵ですね。コロナの今だからこそ忘れてはいけないことのように思います。そして、歌には、音楽には、癒したり、勇気付けたりして人の心を動かす力があります。この企画を立ち上げてくださった方々の温かく熱い思いに、学校現場で音楽に関わるものとして感謝と期待をもってプロジェクトを応援させていただきます。

小原裕/小学校教諭(岩手県)

昨年度、突然の全国一斉の休校で、学校現場におけるすべての教育活動がストップしました。卒業式に向けて、卒業生と在校生代表学年の5年生は、既に歌の練習を始めていましたが、もちろんその練習もできません。私は卒業式に歌う歌唱に関しては、小学校の音楽教育の総まとめだと考えています。練習の過程で、卒業までに感じる心のいろんな葛藤を経て、学級や学年のみんなと声を合わせることそのものに意味がある。その過程をすべて奪われたのです。結局、卒業式は6年生と保護者のみの参加で行いました。式の前日まで休校。歌唱も1曲、6年生が歌う予定だったものを全く練習なしで、間隔を広く取った座席で歌うことになりました。歌の指導をされる方には分かっていただけると思うのですが、思春期に入ってきた子どもたちに、全体練習を一度もせずに、隣と距離を取った形で声を出して歌うというのは、非常に厳しい条件になります。結果はご想像にお任せします。そして、今年は歌が全く歌えない卒業式になる流れとなっています。せめて、できることはしようと私も四苦八苦しています。音楽に慰められ、自らが音を表現することで、満たされる気持ちがあることを、子どもたち自身に実感して欲しいと奮闘しています。自ら表現ができない状況であれば、「聴く」ことで心を慰めることもできます。子どもたちのために卒業式の音楽を届けていただけるということで、子どもたちの励みになることは間違いないです。私たち現場のことを考えていただき、行動していただき、本当にありがとうございます。

匿名/小学校教諭(奈良県)

コロナ禍が教えてくれたこと、それは辛さではなく、勇気を持つこと、希望を持つこと。身近に有るものがどんなに大切で、目には見えないものであったこと…。これからはもっと視線をあげて前に進んでいこう。私たち(教員やおとな)に出来ること、声に出していこう。

鶴見容子/中学校教諭(栃木県)

今年度の6年生にとって、この1年間は我慢や忍耐、あきらめ、など様々な試練を受け入れなければなりませんでした。子どもたちは大人よりも柔軟に環境の変化に対応してきたと一見感じています。しかし、楽しみにしていた行事や集会が減るばかりか、平日の授業時間や土曜授業が増えたり、夏休み減ったりと、選択肢のない子どもたちは本当のところ大丈夫なのだろうか心配です。本校は改築工事の関係で2年前から校庭がありません。狭いプレハブ校舎の中で、休み時間を含めすべての学校生活時において、十分ではない環境で過ごしてきました。そんな中での新型コロナウイルスの感染で、さらに窮屈な学校生活を強いられることになりました。一方音楽の授業では、体育以上に活動に制限がかかり、「歌うこと」、「リコーダー」、「鍵盤ハーモニカ」など、通常の活動ができなくなってしまいました。私の大好きな音楽を、子どもたちと一緒に学ぶ機会が叶わないのです。数年前、区の研修会で出会った「ドラムサークル」を期に、ちょうど1人に1台太鼓を用意できたタイミングであったため、様々な音楽の分野で学習指導要領と関連付けて活動でき、授業に反映できたことが唯一の救いでした。今現在多くの学校で卒業式の中の、「門出の言葉」や「合唱」が削除または、保留になっています。卒業式で歌うことは、本来の音楽表現、生きた音楽だと私は思っています。それが叶わない中、卒業式を歌で祝っていただけることは、子どもたちや教職員共に、音楽の素晴らしさを再認識することとなるでしょう。音楽で心が潤うこと、こころが温かくなることなど、少し忘れてしまった感覚だと思うからです。心の奥の奥が動く生きた音楽を、子どもたちに届けていただけたら、本当に嬉しく思います。このような素敵な企画を考えてくださったことを、本当に感謝いたします。子ども共々楽しみにしております。

小又成行/小学校教諭(東京都)

音楽は言葉を越えて、人の心に直に届き、人の心を動かすものです。言葉では伝えられない想いを、お世話になった人たちの心に直に届けるため、卒業式で「歌うこと」は必要不可欠でした。お世話になった人たちを見て歌ってはいけない日が来るなんて……。歌はダメ。お喋りして食べるのもダメ。あれもこれもダメ。奪われて初めて、当たり前のことの尊さに気付く。そんな一年でした。「日々歌ってないと、やっぱり子どもたち落ち着かないね」、歌の力を痛感した一年でした。でも、制限の中での「これならできる!」を見つけ、実行していく。そんな姿を子どもたちに見せなくては!と頑張った一年でした。子どもたちも、我慢、我慢の一年だったと思います。ダメに押し切られそうなこの時に、「卒業式の音楽」を子どもたちに届けようとしてくださる方々がいる、という事実に希望と勇気を頂きました。このプロジェクトに関わるすべての人の想いが、音楽を通して子どもたちの心に直に届き、卒業式で抱く想いを改めて強くすることでしょう。困難に立ち向かう強い想いが込められた歌は、きっと子どもたちの心と心をつなげ、新たな希望と勇気を生んでくれることでしょう。卒業と同時に、10年前の311日東日本大震災に想いを馳せ、多くの人の心をつなぐということは、音楽だからこそできる、と思います。音楽が私たちの心に、希望と勇気を与え、いつ来るかわからない災害に備え、犠牲を少しでも小さくすることにつながっていくことでしょう。すばらしいプロジェクトを、ありがとうございます!子どもたちにしっかり届けます!

伊藤静代/小学校教諭(東京都)

昨年の3月、突然学校が休校になったところから、子ども達の生活は大きく変わりました。特に今年度の6年生は、最高学年になるために一生懸命に準備し練習を重ねていた卒業式への参加がなくなったことをはじめ、入学式への参加、平和集会、運動会の組体操、そして一番楽しみにしていた修学旅行。6年生になったらと楽しみにしていた行事が全てできませんでした。音楽も「歌っちゃダメ」「吹いちゃダメ」「集まっちゃダメ」「向かい合っちゃダメ」。その時その時に決められる条件に合わせて、子ども達と一緒に頑張ってきました。卒業式もどのような形で実施できるか現在も検討中です。「どうなるか分からない……」全てにおいてそのような不安な状況の中で、1年間過ごしてきたのです。「子どもたちへ卒業式の音楽を!」プロジェクト、学校現場を越えたところにも子ども達のことを考えてくださっている方々がいるのだということに、ありがたいという思いと大きな喜びを感じました。「例年通り」が何一つ経験できなかったこの子達ですが、自分たちのためにしてくださる演奏に大きく心を動かされ、ポジティブに前向きに中学校へと進んでくれることと思います。まだまだ先の見えない状況が続きますが、このプロジェクトに関わってくださる皆様もどうか心身共にご健康で、これからも素敵な音楽を広げていただけますように願っております。演奏、楽しみにしております。心温まる企画をありがとうございます!

古宮真美子/小学校教諭(大阪府)

2020年は突然の休校により、子どもたちにとって「進級したのか、していないのか分からない状況」で新しい年度が始まりました。その上、様々な行事がなくなり、日々の学習活動に対する制限も多くなりました。その度にガッカリする子どもたちの姿を見るのは胸が痛みました。現在は最後の行事である卒業式の内容について、校内で話し合いが続けられています。歌や呼びかけをするのか、歌ったとしても録音を流すのか、児童の顔を保護者の方々に見せてあげたいがどうすれば良いかなど、なんとかして思い出に残る卒業式をつくりあげたいと職員で模索しています。そんな中このようなプロジェクトの存在を知り、思わず涙が出ました。子どもたちを思い、力を集めようと動いてくださる方々がいること、もっと多くの方に知られてほしいと思いました。自校の子どもたちにも伝えたらきっと喜び、励まされるに違いありません。このようなプロジェクトを立ち上げてくださったこと、心より感謝いたします。

小林彩音/小学校教諭(東京都)  

この度は、素敵な企画をありがとうございます。今、学校現場では様々な行事が中止となり音楽が奏でられる場所がほとんどなくなっています。そのような中、今だから出来る事を考え、さらにそれが音楽を通したメッセージということに感謝の気持ちでいっぱいです。子どもたちの感性は無限大です。だからこそ、今回の企画のような音楽のメッセージからさらに感じる力を広げていってほしいと思います。

岩井智宏/小学校教諭(神奈川県)

分散登校から始まった新学期。最終学年になった6年生は、春の運動会の中止が決定し行事が次々となくなる中、試行錯誤しながら行った修学旅行。近場でしたが行けたことに感謝です。夏休みは短くなり午後だけ6年生だけが、エアコンのある教室を使い、出来ることを考えて授業を行いました。でもクラスで分散。音楽の授業は、合奏ができる時期もあり各クラスごとの発表会。音楽会も中止になったけれど練習してきた甲斐がありました。「できること!」を探し求めてきましたが、年明けの3学期。ついに「歌えない」「吹けない」の事態が起きました。そのため「鑑賞・リズム打ち」だけでの我慢の日々でしたが、乗り越えられました。今頃「卒業式の歌」の練習をしている頃かと思うと子どもたちだけでなく職員も「歌える」ことの喜びや素晴らしさを実感しています。そんな中、子どもたちに「卒業式の音楽」を届けようとしてくださる方々がいらっしゃることをお聞きして心からありがたく思っています。自分たちのために歌ってくださることを知ったら、どんなに嬉しく思い出に残ることでしょう。きっと「できること!」を追いかけながらこれからの励みになることと思います。また、東日本大震災から10年、被災地の方々に心を寄せる機会にもなることと思います。こんな状況の中でも、子どもたち、教職員は精一杯頑張ってきました。歌のプレゼントを聴かせていただける日を、心から楽しみにしております。

玉井泉/小学校教諭(長野県)

今年度の4月。4年生の担任となり1年間の指導計画を構想する中で中心に据えたい歌がありました。ruriko先生の「MIDORI~繋がる輪~」です。この曲は4年生の理科「生き物のくらし」、社会「水はどこから」などの学習とリンクさせ、総合的な学習の時間で「緑のカーテン」に取り組みながら様々な子どもたちの学習を展開できると思ったからです。しかし、4月、5月と休校が続き、ようやく登校が始まったものの、分散登校。クラスの半分ずつの登校のため、クラスみんなで総合的な学習の時間にどのようなことに取り組みたいかの話し合いをすることもできず、とりあえずできたことは、毎朝「MIDORI~繋がる輪~」のCDを流して、子どもたちを迎えることでした。6月になってようやく全員での授業が始まり、遅ればせながら「緑のカーテン」を育て始め、子どもたちの学習が展開していきました。今年度「緑のカーテン」の魅力のおかげで、子どもたちは様々な学びを繰り広げることができました。しかし、ここに大きな心残りがあります。それは、この一連の学びの中で、一番肝心な学びができなかったこと。クラスみんなで「MIDORI~繋がる輪~」を合唱することができなかったことです。この歌を歌うからこそ、体で、心で感じることができる学びができなかったことが残念でなりません。また、3学期の授業参観の折には、同じくruriko先生の「十歳の記念日」を子どもたちが合唱し、子どもたちの思いや親への感謝の気持ちを届けたり、お家の方々に子どもたちの成長を喜んでもらえたりすることができたらと思っていたのですが、その授業参観も中止になってしまいました。4年生だからこそ歌ってほしかった曲を、歌うことができなかった今年度が間もなく終わろうとしています。でも、残念な事ばかりではありませんでした。それは、「緑のカーテンのことでruriko先生とオンラインで繋がりたい!」と子どもたちが願い、その願いが叶ったことです。これは、こんな時だからこそ子どもたちが願うことができたことで、そこからまた、新たなる学びを広げることができました。今回のこの企画も、こんな時だからこそ立ち上げていただくことができた素晴らしいプロジェクト。みんなで合唱練習をすることができない中ですが、本校の6年生は、音楽専科の先生や学年の先生方がいろいろ工夫をし、卒業式で小田先生の「群青」を歌えることを目指して取り組みが始まっています。卒業する6年生だからこそ感じること、学ぶことができる素晴らしいプロジェクトを楽しみにしています。

大久保あきほ/小学校教諭(長野県)

しっかり者のリーダーさんも
元気いっぱいの君も
目立たない優しいあの子も
みんなで声を合わせ
涙をこらえ歌う卒業式
 
その時その瞬間を心に刻む
それぞれの想いをメロディーに乗せ
心を寄せ合った日々が甦る合唱
 
今その瞬間を
共有できない悲しみは大きい
 
だからこそ
出逢った子ども達と
音を奏でることで
繋がる時を記憶に残したい
 
これから先も
輝け!子ども達
未来へ向かって
歩き出そう!!
「音楽は いつでも君たちの側にある」

下地真喜子/中学校教諭(沖縄県)

新型コロナウィルスの感染拡大により、社会が大きな混乱の中にある今、私たちは当たり前の毎日がどんなにありがたく幸せなことか思い知らされています。そして、歌える喜びと音楽の持つ力やすばらしさを改めて実感すると同時に、伸び伸びと合唱していた子供達に、私自身が支えられていたことに気づかされ、感謝する日々…。いつの時代もどんな時も音楽は心を癒し、勇気と夢を与えてくれる事を信じています。このプロジェクトは、卒業して道の世界へ旅立つ全国の子供達に大きな励みとなることでしょう!子供達の心を揺さぶり、豊かな感性を育てようとするすてきな取り組みに拍手を贈ります!

宮国貴子/中学校教諭(沖縄県)

思い返してみると、今年1年、全校で歌声を合わせる機会は一度もありませんでした。行事に校歌を声に出して歌ったことも1度だけです。感染が落ち着いた秋口に行われた音楽会ではマスクを外して歌を歌うことができました。全校での開催はできませんでしたが、自分たちの音楽活動を発表することができただけでも幸せだったと思っています。私の所属校でも歌のない卒業式となりそうです。この決定がされる前、6年生と担任の先生が卒業式で歌を歌う意味について真剣に話し合っていました。その後、学校として歌のない卒業式を行うことが決まってしまいました。あの時、「歌いたい!」と言った6年生の気持ち…。在校生の歌が聴きたかったな、とつぶやいた6年生の気持ち…。一生に一度の機会を失ってしまったことが音楽専科として悲しい気持ちでいっぱいです。そんな子どもたちに、「卒業式の音楽」に触れる機会を作っていただけることに感謝いたします。

匿名/小学校教諭(長野県)

『校歌 斉唱』という言葉を一度も聞くことなく1年が終わろうとしています。今年度は全校が体育館に一斉に集まることは一切ありませんでした。何をするにもテレビ放送でした。もちろん、これから行われる卒業式も今までのように全校が体育館に入ることはできません。この1年、歌唱活動は、授業だけではなく学校行事とも結びつきがとても多いなと改めて思いました。長野県では毎年どこの学校でも校内音楽会が開催されています。今年度は、音楽会の有無から開催形態まで学校ごとに対応が大きく異なったようです。私の学校は、感染が落ち着いていた秋に地元のケーブルテレビの方々に来ていただいてクラスごとまたは学年ごとに収録していただきました。無観客の中ではありましたが、久しぶりにマスクを外し、音楽学習の成果を発表することで達成感を持つことができた良い機会となりました。(収録したものは後日ケーブルテレビで放送していただいたり、校内放送で見たりしました。)これ以降感染が拡大してしまったので、マスクの中で歌うというかささやく日々が続いています。音楽の授業をするたびに『ここまではいいのかな…。いけないのかな…。』と迷いや葛藤が常にあるのが悲しいです。また、子ども達が歌い方を忘れてしまったのではないかという不安とともにみんなで歌うことはいけないことなんだという概念ができてしまわないかという不安もあります。しかし、ネガティブなことばかり考えているわけにもいかないので、当たり前のようにマスクを外して歌っていた日常が一日でも早く戻ってきてほしいと願いつつ、「今だからできること」を探して日々取り組んでいきたいと思います。最後に、本校の卒業式は今のところ、生の歌唱は無しとなりました。それでも、歌の無い卒業式にならないようなんとかできないかと職員一同試行錯誤しているところです!!「子どもたちへ卒業式の音楽を!」プロジェクトが本校の子ども達にも届くのを期待しております。

匿名/小学校教諭(長野県)

今年度は4月に学級開きをすることもできず、やっと5月の終わりに分散登校という形で学校に子どもたちの姿を見ることができました。なかなか今まで通りの活動ができず、行事もほとんどないまま、給食も前を向いてしゃべらずに食べるなど、なんだか心が折れそうでした。それでも子どもたちは元気に学校に来てくれていたのでホッとしたのですが、やはり音楽の授業は厳しかったです。歌が歌えない、吹く楽器は演奏できない、となるとかなり活動は制限されました。少し感染が収まった時には歌ったりリコーダーを吹いた時期もあるのですが、今までのように思い切り声を出してしっかりと歌うことに子どもたちも抵抗を感じているのが歌声を聞いていてわかりました。いつもなら学年末のこの時期には発表会が行われ、卒業生は卒業式の合唱や送る会で披露する合奏があり、それに向けての練習で気持ちを一つにいい雰囲気を作っていけるところなんですが、それもできない。何とも言えない気持ちです。このような状況でこの「歌えない状況にある子どもたち(小中学生)のために、合唱をプレゼントしたい、という企画」は素晴らしいと思います。今こそ子どもたちは音楽を求めていると感じます。人と人をつなぐのはいろいろなものがありますが、歌に込めるその思いはきっと子どもたちを勇気づけることと思います。また、東日本大震災を忘れないためにも大きな意味があると思います。子どもたちだけでなく、たくさんの人々の心に温かい歌声が届くことを楽しみにしています。

土井紀美子/小学校教諭(大阪府)

 10年前の3月11日、東日本大震災が起こり、日本中が悲しみに包まれました。
そして10年後、また日本は見えないウィルスに悩まされています。そのおかげで、今年の6年生は色んな行事が変更されたり、中止になりました。45月は休校で友だちにも会えず、6月やっと分散登校になり、子どもたちは大喜びしていました。7月に入り、やっと通常授業に戻り、遅れを取り戻すための詰め込み授業。申し訳ない思いでいっぱいでした。いつもなら、大きな声でお腹から声を出し、合唱を楽しみ、キレイな音でリコーダーを吹き、合わせる楽しみを味わっていたのに、我慢の連続でした。息を合わせて、心を合わせて合唱することで、子どもたちの心は落ち着き、一人一人の大切さを学んでいました。今は、合唱することは難しいけど、音楽はいつもそばにいてくれます。励ましてくれたり、慰めてくれてり、音楽のもつ力は計り知れないと思っています。私自身もどれだけ子どもたちの歌声に癒され、励まされたことか。このようにみんなが、色々我慢しなければならない状況の中で、子どもたちに歌を届けてくださると聴き、なんて有難いんだろうと思いました。素晴らしい企画をありがとうござきます、できれば一緒に歌わせてほしいぐらいです!卒業式は、合唱はできませんが、合奏することになりました。最後に心を合わせて、最高の卒業式になるように、一緒に頑張ります。

中野真理/小学校教諭(大阪府)

歌う授業を思い切りすることが難しい現在、「歌わなくても、歌を止めない」「歌心を失わせない」音楽の取り組みはとても大切なものになると思います。子ども達は、自分たちは思いきり歌うことはできなくても、すてきな歌を聴いて、自分たちの中に歌心を育むことができます。また、歌を通して、思い出を振り返ったり、新しいことを知ったり、生きる意欲をもったりすることもできます。私は何もできませんが、3月11日という、これから決して忘れてはいけない日に行われるこの貴重なコンサート、感謝の気持ちをこめて応援させていただきたいと思います。

小町谷聖/中学校教頭(長野県)